孫 恭哉 三年生の夏休み

 孫の恭哉が3年生の夏休みを迎えました。
長期の休みの時は二人で田舎に帰っていましたが、今回は母親(娘)と三人、車で迎えに行き、そのまま高速に乗り、一路九州へ、山陽道は車も多く比較的空いている中国道を走ることにする。
 何時も世話になっている宇佐の実姉宅に立ち寄り別府の家へ、温泉に浸かって走行の疲れを癒す。
 二日目は家内(恭哉のおばあちゃん)のお墓参りをして、その足で私の生まれ故郷の清川村(現在は豊後大野市清川町)へ田畑の世話になっているお宅へ帰省の挨拶に、今年は生家の裏にある田畑の草刈まで手が回らなかったとのことで、明日改めて出直すことに。
 三日目は昨日確認しておいた田畑の草刈を行うため、またも清川村へ、途中で造林鎌を買い求め、娘と義姉と三人、恭哉に鎌を持たせるのは危ないので木陰で遊ばせることに。
 私は小学校4年生から高校まで親と一緒に田畑を耕してきた経験は有るが、それから40数年鎌や鍬を手にすることなく今日まで来たため、はたして上手く鎌を使えるか心配したが、やはり記憶は残っているもので上手く鎌が動き草が刈られて行く。
 しかし、生まれて初めて鎌を持つ娘はぎこちなく危なっかしい、草刈の田畑は約70坪の田畑、他は世話になっている宅の方が草刈をしてくれていた。
 娘が一時間もあれば終わるかとの質問に対して、4時間はかかると話し、作業に散り掛かったが、やはり思ったとおり作業が終わった時には三時間半を要していた。
 ただ、残念なのはカメラを持参したのに作業風景を恭哉に頼むのを忘れたことだ、作業が終わる時分から夕立になり恭哉が良かったねと慰めてくれる。
 40数年ぶりに鎌を振るったためか、右肩が翌日から痛く治るまで一週間かかった。
 四日目は娘が白山村にある稲積水中鍾乳洞に行きたいとのことで出かけることにした、恭哉の写真はここからしかないが、夏休みを楽しんだ写真です。
 恭哉は鍾乳石を見るのは始めてらしく鍾乳洞に入ると石ばかりの羅列に何が?とはじめは怪訝な顔をしていたが、変わった石が現れるたび真剣な目で写真を撮り続けていた。

      

      

               

      

                 

 稲積水中鍾乳洞が発見されてから40数年も立つと綺麗だった鍾乳石もライトの陽を浴びて青いコケが付着していたのは残念だった。
 五日目は恭哉の希望を入れてこの春訪れた別府ラクテンチに、やはり子供だ、色々な遊戯を見ると生き生きしてくる。

      

      

      

      

      

      

 まずはこの春競技の当選を当てた「アヒルの競争レース」、100円でアヒルが競争するアヒルの一等を当てることで景品が貰える競技で、100円を与えると一羽のアヒルを指名(色つきの首輪をしている)して見事入賞、景品を貰ってご機嫌のまま次々と遊戯を乗り回し、恭哉の一日が終わりましたが、付き添っていた私と娘はぐったり。
 六日目は娘の要望で九重町にある観光「夢の吊橋」見学に、恭哉も吊橋から見える滝や目もくらむ足元の高さに興味を持ったのか、盛んにシャッターを切り「すごいなー」の連発、吊橋の見学を終えた後、同じ町内にある竜門の滝へ向かい、水着に着替え、多くの子供たちが一枚岩の上から滑り降りてくる仲間入りをしてはしゃいでいたが、ただ岩滑りは海水パンツだけではパンツが破れるので尻敷きを借りてあげたけど、浮き袋のように滑りは滑らかではなく、飽きがきたのか浅瀬の川泳ぎに変わり、帰るよと言っても中々川から上がろうとしない。

                            

             

竜門の滝滑り

 七日目は「うみたまご」水族館にと出かけたが、水族館に着くと車の長い列、何時入れるのか判らないので、急遽変更して宇佐の姉さん所へ、姉さんが「うみたまご」に入れなかったのなら耶馬溪の自然水族館に行こうと言うことで出かけることに、自然水族館とは先日集中豪雨で被害をもたらした山国川に囲いをして、鯉、ウグイ、ハヤ、うなぎ、ナマズなど自然のままに餌を与えている箇所で、恭哉も餌を買ってきて与え、餌を求めてくる魚に大満足。

羅漢山から見た九州の山々

      

 その後、羅漢寺を訪れると、リフトにはしゃぎ、大岩の窪みに建てられたお寺に興味を示したのか、岩と諸寺を真剣に眺めていた。
 私は耶馬溪には何度も訪れていたが、羅漢寺は初めてで、岩窟に幾つもの寺を建立しているのを見て、以前訪れた三朝町の三徳山投入堂を思い出した。
 八日目、今日は娘の都合で大阪へ帰る日、関門海峡の潮の流れ、海も川と同じように流れていることを見せるため「めかりSA」に立ち寄り、帰省と同じように中国道を走り豊中へ。
 短い期間ではあったが大いに楽しんだ夏休みだったのではないかと思うおじいちゃんでした。