|
魚見桜と記されている以外の桜は魚見桜を接ぎ木した桜、接ぎ木の桜は5本あった |
先日NHK大分放送で日出町の彼岸桜である魚見桜が見頃を迎えていると放送されていたので行って来ました。 魚見桜が何処にあるのか判らないのでネットで調べると豊岡小学校の北側にあり、桜のある場所には駐車場が無いので近くの八津島神社に数台駐車できるスペースがあると記載されていた。 豊岡小学校の位置は判るので小学校へと車を走らせていると、小学校の運動場角に魚見桜の指標が出ていたので指標に従っていくと、道路は狭くなり「この道間違いないのか?」と思っているうち神社らしきものもなく民家の庭に、引き返すと地元の方がいたので尋ねると、「この道でも間違いではないが、学校を通り過ぎたところに標識があるので、その場所から行く方が良い」と教え戴く。 教えられた通りに行くと手作りの指標ではなく道路指標があり、指標に従って狭い道を登って行くと右手に満開の桜が見えた所に小さな手書きの魚見桜と記された指標があった。 指標のある前に数台停めれる箇所はあったが、桜のあるところを見ると広い広場らしきに見えたので、その広場らしき所に車を進めると十数台駐車できる広場がある。 彼岸桜だけあって広場にある桜は満開で、桜の下には菜の花が黄色の花を咲かせ、桜の白と菜の花の黄色のコントラストが素晴らしく、しばし花に見とれる。 魚見桜の由来を記した能書きを見ると1612年大神親照の墓所から現在のところに移植したもので樹齢400年、この桜は山桜の一種で住宅を覆うほど枝の広がりを見せ、豊岡地区のどの海岸からでも桜が見え、春の訪れを知る重要な目安となっていた。 特に漁師はこの桜を見て、何処の漁場が良いか、使用する漁具はどれが良いかと選んだりしていたので魚見桜と呼ばれるようになったと記されている。 しかし1991年9月の台風19号により、二本に分かれていた幹の一本が吹き折られ、それ以来樹勢の勢いが衰え、2012年にはついに花も葉も付けることなく、根元から新しく育った「ひこばえ」が成長し、今ではその「ひこばえ」が花を咲かせるようになったと。 広場の周りにある桜は魚見桜を直接取り木をして育てたものと記されている。 |
|
老木の根元から若木の魚見桜が満開に 能書きを読む観光客 城内氏の桜と記されている |
接ぎ木された若木 と菜の花 老木を支える |
|
魚見桜がある広場から見る別府湾と高崎山 |